突撃インタビュー 第6弾

橋本 衞(大31・ボート部、森俊治ゼミ)氏

【企画】
会報に広告掲載頂いた方々について、その宣伝も兼ねてメルマガに順番に人物紹介記事を掲載する。その第6弾として、ミズショー株式会社の代表取締役としてご活躍されている橋本 衞さんを紹介する。
2022年11月15日(火)16時~17時
【インタビュー会場】
ミズショー株式会社内の会議室
突撃インタビュー第6弾 橋本 衞(大31)氏
【インタビュアー】
久岡賢治(大66・名古屋支部副幹事長)

橋本さん、大学までの生い立ちを教えてください。
1960年生まれの62才。福岡県で生まれたのは転勤族だった父の仕事の関係。その後、直ぐに鎌倉へ引っ越し、4歳の頃、さらに名古屋市天白区平針へ引っ越した。

平針小学校入学で卒業は、同じ天白区の植田小学校。御幸山中学校、桜台高校を経て滋賀大に。高校時代バスケットボール部に所属したが体調を崩し、4か月の休学(高熱が続く)、この頃心身共きつかったが、その体験が大学で何かスポーツに打ち込み完走したいとの強い思いに繋がった。必ずしもボート部ということではなかったものの、滋賀県と言えば母なる琵琶湖という単純な動機だったでしょう。
ボート部時代のことが社会人になって影響したことは何かありますか?
一般的に体育会というと上下関係が厳しい、というイメージが強いが、部活動を通じ違った形で感銘受けたことがある。それは3回生の時。当時、関西では随一の練習量を誇っていたが、シーズン集大成の関西選手権、インカレで対校クルー(トップ・チーム)が惨敗に次ぐ惨敗に終始し、その後の新幹部にはどう進めていくか路頭に迷うところ、当時4回生の兵藤先輩や岸先輩(名古屋陵水)らが古川氏という日本で有数のコーチに指導を受ける道筋をつけてくれ、それまでの“根性練習”から、理論に基づく練習法、試合本番へのコンディショニングなど、180度違った取り組みを開始し、部員も自信を取り戻し、翌年の関西選手権等で目覚ましい躍進ができた分岐点となったことを今でも忘れない。

(朝日レガッタ、関西選手権とも決勝進出するも決勝は荒天にて中止ではあったが)敗戦の落胆、失意から、そのままで終わらず次の世代に一つの形を残すというのは、正にリーダーに求められる姿であり、組織のあるべき姿として素晴らしいことであり、今でも先輩方に感謝していると共に、会社組織にあっても逆境は次なる成長への一つの節目、機会となり得ることは、今にも生きる教訓となっている。
大学卒業後はどのような人生を歩まれてこられたのですか?
4回生夏のインカレ(8月下旬)が終わり、就活開始、まだ募集していたヤンマーディーゼル株式会社(現・株式会社ヤンマー)にお世話になる。すぐに高松支店へ配属、25歳時、大阪本社へ転勤異動。

27歳の頃、(転職して)今の会社の社長をしていた父や、他の役員の方が代わる代わる来阪され、名古屋へ戻るよう勧誘、説得を受ける(随分ご馳走にはなった)。大学卒業時に親父とは「名古屋へ戻る必要はない」と会話していたのでこの時の説得工作には猛反発するも、私のビジネスマン人生で唯一最も尊敬する最後の上司から、「当社(ヤンマー)にはお前の代わりはいくらでもいる・・・」との言葉がショックで1989年、今の会社(ミズショー株式会社)への入社を決断。

国内では名古屋、刈谷で事業展開、海外進出を経験しながら、中国、タイの4か所で活動中。2022年現在の社員数は、約400名(国内は120名)。
人生を振り返ってどのような人生でしたか?
“振り返るにはまだ早い(若い)?”とは思っているが、大学ボート部で経験したことは今の会社経営にも参考になるところ多く、そういう意味では大学生活とは社会人として旅立つための滑走路と言えるのではないか。

ただし年を重ねてきて、在学当時、部活に関しては大層な自信の塊であったこと、それが全てであったことに対し、様々な意味でそもそもボート部員である前に俺は滋賀大生だったのだ、彦根市民の一人として認めてもらっていたのだと遅まきながら自覚し、いささかの反省を含め、振り返ることも。そんな感謝の思いあり、毎年、「彦根市」にはふるさと納税を行っている(若干の物欲も含め)。
これから社会へ出る滋賀大生へのメッセージをお願いします。
いつの時代も「今の若い者は・・・」と言われるが、最近の大学ホームページや「陵水年報」を拝見していると、各方面で新たな挑戦をしている若者の記事に出会い、こちらが感心させられている。世の中を見渡しても、特にスポーツ界で若い才能が臆することなく我も我もと海外へ挑戦しようとしている様は、その活躍云々の前に何とも頼もしい限り。

しかしながら、昨今、かつては10年に一度の問題が毎月起こるような正に激動の時代を迎え、若い方々には常に世の中に事象に対し、自分の考えを持つ習慣を持つ(当事者として)ように心がけることがやがて、自身の成長を助けてくれるように思う。当社では些細なことながら、昨年より男女共、服装に関する規則を全て撤廃し、“自分で考える”こととした。(但し安全を要する物流、製造現場を除く)
今後はどうされますか?
世の中の潮流でもあるダイバーシティなど、ジェンダー、国籍、経歴などを問わず、全ての人に機会が与えられる会社を実現したい。また間違いなく日本国中、定年は延長方向にあるが、実際の60歳到来の方の思いは正に千差万別で個人、会社にとってどのような形が最良の解となるのか手探り中。当社では現在、外国籍の者がひとり取締役を務めているが、もっと増やしていきたいし、結果、過半の社員が機会均等を実感できるしくみ作りに挑戦したい。ある程度それが適ったら、その次のことを考えたい。
突撃インタビュー第6弾 橋本 衞(大31)氏
突撃インタビュー第6弾 橋本 衞(大31)氏

橋本さんへの突撃インタビューを終えて:久岡の所感

■今回のインタビューは、ミズショー株式会社内の会議室で実施させていただきました。
年代の違う大先輩のお話は、滋賀大学の歴史を感じると共に、大変学びも多いものでした。会社員時代~社長になられてからのお話は、一会社員として働く私にとって、「経営者目線」のお話を伺うことができ、とても新鮮でした。
挑戦し続ける橋本社長を見習い、私も今後の人生で色々とチャレンジしていきたいと思います。

突撃インタビュー第6弾 橋本 衞(大31)氏
突撃インタビュー第6弾 橋本 衞(大31)氏

記:久岡賢治(大66)

■ミズショー株式会社
http://www.mizusho.co.jp/

Print Friendly, PDF & Email